マロリー・ワイス症候群(Mallory-Weiss症候群)
マロリー・ワイス症候群の概念と病態生理
吐血の原因として、マロリー・ワイス症候群という病気が隠れている場合があります。これは、食道と胃のつなぎ目が裂けて出血する病気です。
マロリー・ワイス症候群とは何か?
マロリー・ワイス症候群は、1929年にアメリカの病理学者であるマロリー氏とワイス氏によって初めて報告されました。激しい嘔吐や咳などによって、食道と胃の境目にある粘膜が裂けてしまい、そこから出血する病気です。この裂傷は、まるで薄い紙がビリッと破れるように起こります。
多くの方は「食道が裂けるなんて、相当な激痛だろう」と想像されるかもしれません。しかし、意外にも痛みはそれほど強くなく、むしろ出血による症状の方が目立つことが多いです。裂傷の深さも様々で、浅い場合は自然に治癒することもあります。しかし、深い裂傷の場合は、時に命に関わるほどの大量出血を引き起こす可能性もあるため、注意が必要です。
背景にある飲酒問題
マロリー・ワイス症候群は、必ずしも飲酒が原因で起こるわけではありません。激しい咳込みや妊娠時のつわり、過食嘔吐なども原因となることがあります。しかし、飲酒、特に短時間に大量のアルコールを摂取することは、マロリー・ワイス症候群の大きなリスクファクターの一つです。
アルコールには、胃の粘膜を刺激して炎症を起こしやすくする作用があります。炎症を起こした粘膜は脆くなり、裂傷しやすくなってしまうのです。また、アルコールは嘔吐中枢を刺激し、嘔吐を誘発しやすくもします。嘔吐の回数が増えれば増えるほど、食道と胃のつなぎ目にかかる負担が増し、裂傷のリスクも高まるという悪循環に陥ってしまいます。
厚生労働省のe-ヘルスネットによれば、1日のアルコール摂取量の目安は、純アルコール換算で男性20g程度、女性10g程度とされています。これは、ビールなら中瓶1本、日本酒なら1合、ワインならグラス2杯程度に相当します。この目安量を超える飲酒は、マロリー・ワイス症候群だけでなく、様々な健康問題のリスクを高めるため、注意が必要です。適量を守って楽しくお酒を飲むことが大切です。また、研究によると、軽度から中等度のアルコール摂取は、心血管疾患や2型糖尿病のリスク低減につながる可能性がある一方で、慢性的な大量飲酒は、肝疾患、膵炎、認知症、様々な癌などの深刻な健康問題を引き起こすことが示唆されています。
どのように吐血が発生するのか?
健康な状態では、食道と胃のつなぎ目はしっかりと閉じられており、食べた物が逆流するのを防いでいます。しかし、嘔吐などで胃の中の圧力が急激に上昇すると、このつなぎ目が耐え切れずに裂けてしまうことがあります。これは、まるでゴム風船を膨らませすぎて破裂させてしまうようなイメージです。
裂けた部分からは出血が起こり、これが吐血となって現れます。出血量は裂傷の大きさや深さによって異なり、少量の出血であれば、血が混じった嘔吐物として現れることもあります。しかし、大量出血の場合は、真っ赤な鮮血を吐いたり、コーヒーかすのように黒っぽいものを吐いたりすることもあります。また、便が黒っぽくなることもあります。
このように、吐血や黒っぽい便などの症状に気づいたら、すぐに医療機関を受診することが重要です。早期発見・早期治療によって、重症化を防ぐことができるのです。
マロリー・ワイス症候群の症状と診断方法
この章では、マロリー・ワイス症候群の症状と診断方法について、具体的な例を交えながら詳しく解説します。
主な症状(吐血、嘔吐)の詳細
マロリー・ワイス症候群の代表的な症状は、吐血です。文字通り、口から血を吐き出すことを意味します。出血は裂けた粘膜から直接起こるため、吐血の色は鮮やかな赤色であることが多いです。これは、ケガをした時に出る血の色と似ています。
出血量は、裂傷の大きさや深さによって、ティースプーン1杯程度の少量から、コップ1杯程度まで様々です。少量の場合、嘔吐物に血が すじ状に混じることもあります。一方、大量の吐血の場合、まるで蛇口をひねったように鮮血が噴き出すこともあります。
吐血以外にも、吐き気や嘔吐、腹痛などの症状が現れることもあります。吐き気や嘔吐は、胃の粘膜が刺激されることで引き起こされます。腹痛は、裂傷部への炎症や周囲の筋肉の痙攣によって発生します。
これらの症状は、食中毒や急性胃腸炎など他の病気でも見られるため、自己判断は危険です。吐血や血を伴う嘔吐があった場合は、速やかに医療機関を受診しましょう。
診断に用いられる検査(内視鏡検査など)
マロリー・ワイス症候群の診断には、内視鏡検査が最も有効です。これは、先端にカメラの付いた細い管を口から挿入し、食道や胃の中を観察する検査です。内視鏡検査では、噴門部の粘膜に裂傷があるかどうかを直接確認できます。裂傷の大きさや深さ、出血の程度なども正確に把握できます。
内視鏡検査は、医療ドラマなどで見たことがある方もいるかもしれません。少し怖く感じるかもしれませんが、検査自体は5分程度で終わります。検査中は、医師や看護師が丁寧に説明し、苦痛を最小限に抑えるよう努めますので、ご安心ください。
また、血液検査を行うこともあります。血液検査では、出血による貧血の有無や、炎症反応の程度などを確認します。その他、他の疾患との鑑別のために、腹部超音波検査やCT検査を行うこともあります。
私が担当した別の患者さんは、健康診断で貧血を指摘され、精密検査として内視鏡検査を受けました。その結果、自覚症状のないマロリー・ワイス症候群が発見されました。幸いにも裂傷は小さく、自然治癒が見込めるため、経過観察となりました。
他の疾患との鑑別診断
マロリー・ワイス症候群と似た症状を示す病気は他にもあります。例えば、食道静脈瘤破裂や胃潰瘍、胃がん、十二指腸潰瘍などです。これらの病気は、マロリー・ワイス症候群とは異なる治療が必要となるため、鑑別診断が重要です。
食道静脈瘤破裂は、肝硬変などの病気によって食道静脈瘤が破裂し、大量の吐血を引き起こす病気です。胃潰瘍や十二指腸潰瘍は、胃や十二指腸の粘膜に潰瘍ができ、出血を伴う病気です。胃がんは、胃に悪性腫瘍が発生する病気で、進行すると吐血や血便などの症状が現れることがあります。
医師は、患者の症状、内視鏡検査の結果、血液検査の結果などを総合的に判断し、他の疾患との鑑別を行います。例えば、食道静脈瘤破裂は、内視鏡検査で食道静脈瘤の有無を確認することで診断できます。胃潰瘍や十二指腸潰瘍は、内視鏡検査で潰瘍の有無や深さを確認することで診断できます。胃がんは、内視鏡検査で採取した組織を病理検査することで確定診断を行います。
このように、吐血の原因を特定し、適切な治療を行うためには、医療機関を受診し、専門医による診断を受けることが不可欠です。自己判断で放置すると、病状が悪化し、命に関わる事態になる可能性もあります。
マロリー・ワイス症候群の治療法と予後
胃や食道が裂けて出血するマロリー・ワイス症候群。想像するだけでも不安になるかもしれません。しかし、適切な治療を受ければ、多くの場合、回復が期待できる病気です。出血が少量であれば自然に止まることもありますが、大量出血の場合は適切な処置が必要になります。この章では、マロリー・ワイス症候群の治療法と予後、そして再発予防について、具体的な例を交えながらわかりやすく解説します。
治療法の種類(薬物療法、内視鏡的止血)
マロリー・ワイス症候群の治療法は、出血量や患者の状態によって異なります。大きく分けて、薬物療法と内視鏡的止血術の2種類があります。
軽度の出血の場合、まずは薬物療法を行います。制酸剤を用いて胃酸の分泌を抑え、粘膜の炎症を鎮めることで、裂傷の治癒を促進します。また、吐き気や嘔吐が強い場合には、制吐剤を併用することもあります。軽症の場合は薬物療法だけで治癒することも少なくありません。
一方、出血量が多い場合や、薬物療法で効果がない場合は、内視鏡的止血術を行います。これは、内視鏡と呼ばれる先端にカメラのついた細い管を口から挿入し、出血部位を直接観察しながら止血を行う方法です。内視鏡的止血術には、主にクリップで裂傷を閉じたりする方法があります。出血の程度や部位に応じて、最適な方法を選択します。
治療にかかる費用と保険適用
マロリー・ワイス症候群の治療は、健康保険が適用されます。費用の目安としては、初診料、内視鏡検査、薬剤費などを含めて、3割負担の方で5,000円~1万円程度です。内視鏡的止血術を行った場合は、さらに費用が加算されます。入院が必要な場合は、入院費も発生します。費用の詳細は、受診される医療機関にお問い合わせください。
再発防止のための生活習慣のポイント
マロリー・ワイス症候群は、再発する可能性がある病気です。再発を防ぐためには、以下の点に注意することが重要です。
まず、過度の飲酒は避けるべきです。特に、短時間に大量のアルコールを摂取することは、胃粘膜への刺激が強く、マロリー・ワイス症候群のリスクを高めます。飲酒は適量を守り、ゆっくりと時間をかけて飲むようにしましょう。
また、暴飲暴食も避けるべきです。一度に大量の食物を摂取すると、胃が過度に拡張し、嘔吐を誘発しやすくなります。食事はよく噛んで、ゆっくりと食べるように心がけましょう。
さらに、ストレスをため込まないことも大切です。ストレスは胃酸の分泌を促進し、粘膜を傷つけやすくします。適度な運動や趣味の時間を持つなど、ストレスを上手に発散する方法を見つけることが重要です。
そして、規則正しい生活を送り、十分な睡眠をとることも、胃粘膜の状態を良好に保つ上で役立ちます。
これらの生活習慣を心がけることで、マロリー・ワイス症候群の再発を予防し、健康な生活を送ることができます。
まとめ
マロリー・ワイス症候群は、食道と胃の境目の粘膜が裂けて出血する病気です。激しい嘔吐や咳などが原因で起こり、吐血や血の混じった嘔吐物が主な症状です。飲酒は大きなリスクファクターの一つですが、必ずしも飲酒だけが原因ではありません。
診断には内視鏡検査が有効で、裂傷の程度を確認できます。治療は出血量によって異なり、軽症であれば薬物療法で済みますが、大量出血の場合は内視鏡的止血術が必要となることもあります。
再発防止には、過度な飲酒や暴飲暴食を避け、ストレスをため込まないよう心がけることが大切です。規則正しい生活と十分な睡眠も重要です。定期的な健康診断で早期発見・早期治療につなげましょう。吐血などの症状を感じたら、すぐに医療機関を受診し、専門医の診察を受けてください。早期発見・早期治療で、重症化を防ぎ、安心して生活できるようになりましょう。
参考文献
- Hendriks HFJ. Alcohol and Human Health: What Is the Evidence? Annual review of food science and technology 11, no. (2020): 1-21.