アルコール依存に減酒という選択肢!”セリンクロ”について。
大分県大分市のわだ内科・胃と腸クリニック院長の和田蔵人(わだ くらと)です。「つい飲みすぎてしまう」「お酒がないと一日が終わらない」。ご自身の飲酒習慣に、少しでも不安を感じていませんか。アルコールへの依存は、単に意志が弱いという問題ではありません。脳の機能が変化し、自分では飲酒をコントロールできなくなる「病気」なのです。
「治療のためには生涯お酒を完全に断たなければ」という厳しいイメージが、専門家への相談をためらわせる大きな壁になっているかもしれません。しかし近年、無理に禁酒するのではなく、まずはお酒の量をコントロールする「減酒」という新しい選択肢が注目されています。
この記事では、身近な内科でも相談できる減酒治療と、飲みたい気持ちを和らげるお薬「セリンクロ」について詳しく解説します。一人で抱え込まず、ご自身に合ったお酒との新しい付き合い方を見つける第一歩にしてください。
まずはセルフチェックから アルコール依存症と減酒治療の選択肢
「つい飲みすぎてしまう」「お酒を飲まないと一日が終わらない」。 ご自身の飲酒習慣について、少しでも悩んでいる方はいませんか。
アルコール依存症は、単に意志が弱いという問題ではありません。 脳の機能に変化が生じ、自分では飲酒をコントロールできなくなる病気です。
そして、治療は「お酒を完全にやめる」ことだけがゴールではありません。 近年では、まずお酒の量を無理なく減らしていく「減酒」という選択肢が注目されています。
大切なのは、ご自身の状況を客観的に見つめ直すことです。 一人で抱え込まず、専門家へ相談することが回復への重要な第一歩となります。

「減酒」と「禁酒」の違いとそれぞれのメリット・デメリット
アルコール依存症の治療目標には、「減酒」と「禁酒」の2つがあります。 どちらが適しているかは、その方の状態や生活環境によって異なります。 医師と相談しながら、ご自身に合った最適な方法を選びましょう。
減酒(げんしゅ) お酒を飲む量をコントロールし、健康への影響が少ない量まで減らす治療法です。
禁酒(きんしゅ) 生涯にわたってお酒を完全に断つ治療法です。断酒(だんしゅ)とも呼ばれます。
それぞれのメリットとデメリットを理解し、ご自身に合った目標を考えてみましょう。
治療法 | メリット | デメリット |
---|---|---|
減酒 | ・治療を始める際の心理的な抵抗感が少ない ・飲み会など社会的な付き合いを続けやすい ・生活習慣を大きく変えずに始められる | ・目標の飲酒量を守れず、飲み過ぎてしまう可能性がある ・自己管理が難しい場合がある ・再び飲酒量が増えてしまうリスクがある |
禁酒 | ・アルコールによる心身の問題を根本的に解決できる ・肝機能障害などの身体疾患の改善が期待できる ・「飲んでいいか」と迷う葛藤から解放される | ・強い意志や周囲のサポートが必要になる ・離脱症状(禁断症状)が出ることがある ・冠婚葬祭などで不便を感じる場面がある |
「いきなりお酒をゼロにするのは難しい」と感じる方は非常に多いです。 そのような場合は、まず減酒からスタートし、心と体の状態を見ながら、 少しずつお酒との付き合い方を変えていく方法が有効です。
ご自身の飲酒リスクを把握するセルフチェックリスト
自分の飲酒習慣がどの程度、心や体に影響を与えているのか。 それを客観的に把握することは、治療の第一歩として非常に重要です。
以下の簡単な4つの質問に「はい」「いいえ」で答えてみてください。 これは医学的な診断ではありませんが、ご自身の状況を振り返る良い機会になります。
飲酒習慣セルフチェックリスト(CAGE質問票)
- 飲酒量を減らさなければいけないと感じたことがありますか?(Cut down)
- 周囲の人に飲酒を非難されて腹が立ったり、気にさわったりしたことがありますか?(Annoyed by criticism)
- 飲酒に対して後ろめたい気持ちや、罪悪感を持ったことがありますか?(Guilty feeling)
- 朝、神経を落ち着かせたり、二日酔いを治すために「迎え酒」をしたことがありますか?(Eye-opener)
このチェックリストは、世界中で広く使われているスクリーニングテストの一つです。 もし「はい」が2つ以上あった場合は、アルコールとの付き合い方に注意が必要なサインかもしれません。
結果がどうであれ、少しでも気になる点があれば、ぜひ一度ご相談ください。 専門家と一緒に状況を整理することで、今後の具体的な対策が見えてきます。
アルコール問題の背景に隠れやすい睡眠障害や不安との関係
「寝つきが悪いから、つい寝酒をしてしまう」 「人前に出る時の不安を、お酒で紛らわしている」 このような経験はないでしょうか。
実は、アルコールの問題と、睡眠障害や不安といった心の不調は、 互いに深く影響し合っていることが、近年の研究で明らかになっています。 ある研究では、睡眠の問題と不安感が、長期的に見てアルコール依存症のリスクを高める共通の原因となっている可能性が示されました。
アルコールを飲むと一時的に眠くなるため、寝酒が習慣になっている方もいます。 しかし、アルコールには脳を興奮させる作用もあり、睡眠の質を大きく低下させます。 特に、眠りの後半部分で目が覚めやすくなったり、浅い眠りが増えたりする「睡眠の断片化」という現象が起こります。
このような質の悪い睡眠が続くと、どうなるでしょうか。 日中に強いだるさや集中力の低下を感じ、活動量が落ちてしまいます。 そして、その状態がさらに不安感を強め、その不快な症状を和らげるために、またアルコールに頼ってしまうという悪循環に陥るのです。
つまり、睡眠と不安をうまくコントロールできない状態が、脳を常に不安定にし、結果としてアルコールへの依存を強固にしてしまうと考えられています。 アルコールの問題に取り組む際には、その背景にある睡眠や不安の問題にも目を向け、同時にケアしていくことが、根本的な回復への近道となります。
内科で相談できるアルコール依存症の減酒治療とは
「アルコールの相談は、精神科や専門病院に行かないと…」 そう考えて、受診をためらっている方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、アルコールに関する健康問題は、身近なかかりつけの内科でもご相談いただけます。 当院のような内科クリニックでは、以下のような流れで減酒治療を進めます。
- ご相談・問診 普段の飲酒量や頻度、お酒に関するお悩みを詳しく伺います。「正直に話すと怒られるのでは」と心配する必要は全くありません。 安心して何でもお話しください。
- 検査 血液検査などを行い、アルコールが肝臓をはじめとする身体に与えている影響を客観的な数値で確認します。ご自身の体の状態を知ることは、治療への意欲にも繋がります。数値の改善が、治療継続の励みになる方も少なくありません。
- 目標設定と治療計画 検査結果やご本人の希望を最優先に、治療目標を一緒に決めます。「禁酒」を目指すのか、「減酒」から始めるのか、最適なプランを考えます。その目標を達成するため、お薬を使った治療や生活指導などを組み合わせます。
特に減酒治療では、飲酒したいという欲求を抑える手助けをするお薬も使用できます。 専門病院への受診に抵抗がある方も、まずは普段通院している内科で相談することで、治療への第一歩をスムーズに踏み出すことができます。
飲む量を減らす薬「セリンクロ」の主な特徴と注意点
「お酒をきっぱりやめるのは難しいが、飲む量は減らしたい」。 そのように考える方にとって、減酒治療は大切な選択肢の一つです。
当院では、その思いをサポートするお薬「セリンクロ」を用いた治療を行っています。 このお薬は、従来の禁酒を目指す薬とは異なり、飲酒量を減らすことが目標です。 ここではセリンクロの主な特徴と、安心して治療を続けていただくための注意点を解説します。

飲酒欲求そのものを抑えるセリンクロの効果と作用
セリンクロ(一般名:ナルメフェン)は、飲酒時の満足感を弱めるお薬です。 お酒を飲むと、脳内では「報酬系」と呼ばれる仕組みが働き、快感物質が放出されます。 この仕組みが、「またお酒を飲みたい」という欲求につながります。
セリンクロは、この報酬系に作用し、お酒による快感や高揚感を抑えます。 その結果、「もっと飲みたい」という強い欲求が弱まり、飲酒量をコントロールしやすくなるのです。
この効果により、一杯のお酒で満足感を得られたり、深酒を防いだりすることが期待できます。 無理に我慢するのではなく、自然とお酒の量が減っていくことを目指す治療法です。 ある研究では、セリンクロを服用した方は、多量飲酒の日が減少したと報告されています。
また、お酒に頼る背景には、睡眠の問題や不安感が隠れていることも少なくありません。 減酒治療は、単にお酒の量を減らすだけでなく、ご自身の心身の状態を見つめ直す良い機会にもなります。
吐き気やめまいなど主な副作用と具体的な対処法
新しいお薬を始める際、副作用が心配になるのは当然のことです。 セリンクロで報告されている主な副作用には、吐き気、めまい、眠気などがあります。 これらの症状は、飲み始めの時期に現れやすく、体が慣れるにつれて軽くなることがほとんどです。
しかし、副作用の現れ方には個人差があります。 症状が気になる場合の具体的な対処法を、以下にまとめました。
主な副作用 | 具体的な対処法 |
---|---|
吐き気 | ・症状は一時的なことがほとんどです。 ・空腹時を避け、食後に服用すると症状が和らぐことがあります。 |
めまい、眠気 | ・服用後は、車の運転や危険を伴う機械の操作は避けてください。 ・症状が強い場合は無理をせず、ゆっくり休息をとりましょう。 |
頭痛 | ・症状が続くようであればご相談ください。 ・市販の頭痛薬で対応できる場合もありますが、念のため医師に確認しましょう。 |
最も大切なのは、ご自身の判断でお薬の服用をやめてしまわないことです。 副作用がつらい場合は、決して我慢せず、必ず医師や薬剤師にご相談ください。 お薬の量を調整したり、症状を和らげるお薬を併用したりと、様々な対処法があります。 安心して治療を続けられるよう、一緒に最適な方法を探していきましょう。
飲酒の1〜2時間前に1錠服用するタイミングと費用
セリンクロは、毎日決まった時間に飲むお薬とは少し異なります。 特徴的な服用方法を正しく理解することが、効果を最大限に引き出す鍵となります。
服用のタイミング
- 「今日はお酒を飲んでしまいそうだ」と感じた時。 あるいは、飲み会など飲酒する予定がある時の1〜2時間前に1錠(10mg)を服用します。
お薬の成分が血液中に吸収され、効果を発揮するまでに1〜2時間ほどかかります。 そのため、飲酒の少し前に服用することが推奨されています。 なお、1日に服用できるのは1錠までであり、毎日飲む必要はありません。
治療にかかる費用 セリンクロは健康保険が適用されるお薬です。 具体的な費用は以下の通りです。
- 薬価 1錠(10mg)あたり296.40円です。(2024年時点)
- 自己負担額の目安 3割負担の方で、1錠あたり約89円となります。1割負担の方では、1錠あたり約30円です。
上記は薬代のみの金額であり、別途、診察料や検査料などが必要になります。
服用を忘れた場合や他の薬との飲み合わせについて
セリンクロを安全かつ効果的に使用するためには、飲み忘れた時の対応や、他のお薬との関係性を知っておくことが非常に大切です。
服用を忘れてしまった場合の対応
- 飲酒前に飲み忘れに気づいた場合 気づいた時点ですぐに1錠を服用してください。
- すでにお酒を飲んでいる、または飲んだ直後の場合 その日は服用しないでください。飲酒後の服用は効果が期待できないだけでなく、副作用が強く出る可能性があります。
- 自己判断で2回分を一度に飲まない 飲み忘れたからといって、絶対に2錠を一度に飲むことはしないでください。
他の薬との飲み合わせ(併用) 現在、他のお薬を服用している場合は、必ず医師や薬剤師にお伝えください。 薬同士が互いに影響し合い、効果が弱まったり、予期せぬ副作用が出たりすることがあります。 特に、以下のようなお薬との併用には注意が必要です。
- オピオイド系鎮痛薬(一部の痛み止めなど) セリンクロがこれらの薬の効果を弱めてしまう可能性があります。
- 睡眠薬や精神安定剤など 眠気などの副作用が通常より強く出ることがあります。
市販の風邪薬やサプリメントであっても、飲み合わせに注意が必要な場合があります。 当院を受診される際は、服用中のお薬がすべてわかる「お薬手帳」をぜひご持参ください。
安心して治療を続けるための具体的な流れとサポート体制
「減酒治療を始めたいが、具体的にどう進むのか不安だ」 「もし途中でうまくいかなかったらどうしよう」 このように感じるのは、決して特別なことではありません。
アルコールに関する問題は、意志の力だけで解決するのは困難です。 専門家のサポートを受けながら、一歩ずつ進めていくことが大切になります。 当院では、患者さん一人ひとりが安心して治療に取り組めるよう、 初診から治療中、そしてその後の生活までを見据えたサポート体制を整えています。

初診の予約から治療計画の決定までの流れ
減酒治療の第一歩は、まずご相談いただくことから始まります。 精神科や専門病院に抵抗がある方でも、当院のような内科であれば、 健康診断のついでといった気持ちで気軽にご相談いただけます。
- ご予約・問診票の記入 お電話やウェブサイトからご予約ください。 ご来院後、問診票に現在の飲酒状況や、お身体のお悩みなどをご記入いただきます。「正直に話すと怒られるのでは」と心配される方もいますが、適切な治療計画のため、安心してありのままをお聞かせください。
- 医師による診察 問診票をもとに、医師が詳しくお話を伺います。普段の生活のこと、お酒に関する悩みや不安など、どんな些細なことでもお話しください。治療はご自身の状況を正確に把握することから始まります。
- 必要な検査の実施 客観的にお身体の状態を把握するため、血液検査などを行います。特に、アルコールの影響を受けやすい肝機能の状態を示す数値、AST(GOT)、ALT(GPT)、γ-GTPなどを確認します。ご自身の体の状態を知ることは、治療目標の設定や、後の治療効果を実感する上で非常に重要です。
- 治療計画の決定 診察と検査の結果を踏まえ、患者さんのご希望を最優先に、医師と一緒に今後の治療計画を立てていきます。医師が一方的に決めるのではなく、相談しながら最適な方法を探します。
- 目標設定 「完全にやめる(禁酒)」のか、「量を減らす(減酒)」のか。減酒の場合は、具体的な目標飲酒量を一緒に決めます。
- 治療法の選択 セリンクロなどの減酒薬を使うかどうか、生活習慣の改善方法などを具体的に話し合います。
治療中の飲み会など日常生活でのお悩みと対処法
治療を始めると、仕事の付き合いや冠婚葬祭など、 お酒を飲む機会にどう対応すればよいか、悩む場面が出てきます。そのような日常生活でのお悩みにも、具体的な対処法を一緒に考えます。
飲み会などへの対処法の例
- 事前の準備 飲み会の日時がわかっている場合は、その1〜2時間前にセリンクロを服用します。「今日はあまり飲めない」と事前に周囲へ伝えておくことも有効です。ノンアルコールドリンクが豊富な店を選ぶのも良いでしょう。
- 飲み会での工夫 乾杯はノンアルコールビールやソフトドリンクで行います。お酒の合間に、必ず水やお茶(チェイサー)を挟むようにしましょう。意識を食事や会話に向けることで、飲むペースを落とせます。
- 上手な断り方の例 「今日は車で来たので」「健康診断の数値が気になり、お酒を控えているんです」「明日朝が早いので、やめておきます」
もし目標より多く飲んでしまったとしても、ご自身を責める必要は全くありません。 大切なのは、その経験を次の診察で医師に正直に伝え、次回の対策を一緒に考えることです。失敗も治療の大切な一歩です。
肝機能の数値改善など減酒による身体的なメリット
減酒治療は、精神的な安定だけでなく、身体にも多くの良い変化をもたらします。 定期的な血液検査でご自身の数値が改善していくのを目にすることは、 治療を続ける大きなモチベーションになります。
期待できる身体的なメリット | 具体的な内容 |
---|---|
肝機能の改善 | アルコールを分解する肝臓への負担が減ります。 その結果、脂肪肝や肝機能数値(AST, ALT, γ-GTP)の改善が期待できます。 |
睡眠の質の向上 | アルコールは寝つきを良くすると思われがちですが、実際は睡眠を浅くします。 近年の研究でも、睡眠の問題が長期的なアルコール問題のリスクを高めることが示唆されています。 減酒により、深く安定した睡眠を取り戻すことができます。 |
生活習慣病リスクの低下 | 過度な飲酒は、高血圧や脂質異常症、糖尿病などのリスクを高めます。 減酒はこれらの生活習慣病の予防や改善に直接繋がります。 |
適正体重の維持 | アルコール自体のカロリー摂取が減ることに加え、 飲酒に伴う食事の量も自然と減るため、体重管理がしやすくなります。 |
精神的な安定 | アルコールは一時的に不安を和らげますが、慢性的な飲酒はかえって不安感を強めます。 減酒は、このような不安との悪循環を断ち切る助けにもなります。 |
まとめ
今回は、アルコールとの付き合い方を見直すための「減酒」という新しい選択肢と、それをサポートするお薬「セリンクロ」について詳しくご紹介しました。
「お酒をきっぱりやめるのは難しい」と感じるのは、決して意志が弱いからではありません。アルコールの問題は、脳の仕組みが関わる病気であり、適切な治療や専門家のサポートがあれば、コントロールすることが可能です。
治療のゴールは「禁酒」だけではありません。セリンクロのようなお薬の力を借りながら、まずは飲む量を少しずつ減らしていくことから始められます。もしご自身の飲酒習慣に少しでも不安を感じたら、一人で悩まず、まずは身近なクリニックへお気軽にご相談ください。
参考文献
- Zainal NH, Van Doren N. The sleep-anxiety dysregulation model of alcohol use disorder risk: A nine-year longitudinal machine learning study. Journal of affective disorders 390, no. (2025): 120035.
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