貧血(鉄欠乏性貧血)
鉄欠乏性貧血の症状
貧血というと、なんとなくイメージはできても、実際どんな病気なのか、きちんと説明できますか?めまいや立ちくらみ、疲れやすいといった症状があれば、もしかしたら鉄欠乏性貧血かもしれません。
血液は、栄養や酸素を体中の細胞に運び、老廃物を回収するという重要な役割を担っています。この血液の中で酸素を運ぶ役割を担っているのが、赤血球に含まれるヘモグロビンという赤い色素タンパク質です。このヘモグロビンを作るためには鉄が不可欠です。鉄が不足するとヘモグロビンの合成が滞り、赤血球の数が減ったり、小さくなったり、ヘモグロビン濃度が低下したりします。その結果、全身に十分な酸素が行き渡らなくなり、様々な症状が現れるのです。これが鉄欠乏性貧血です。
鉄欠乏性貧血を引き起こす主な要因
鉄欠乏性貧血は、体内の鉄の不足によって引き起こされます。鉄の不足は、鉄の摂取不足、吸収不足、喪失の3つの要因が複雑に絡み合って起こることが多いです。
- 鉄の摂取不足: 偏った食生活や無理なダイエットなどで、鉄分を十分に摂れていないと、体内の鉄が不足しやすくなります。特に、成長期の子どもは体が急速に発達するために多くの鉄を必要とします。また、妊娠中の女性は胎児への鉄の供給が必要となるため、普段以上に鉄を必要とします。さらに、授乳中も母乳を通して赤ちゃんに鉄が供給されるため、鉄欠乏性貧血のリスクが高まります。このように、ライフステージによって鉄の必要量は大きく変動するため、年齢や状況に合わせた適切な鉄分の摂取が重要です。
- 鉄の吸収不足: 胃や腸は食物から鉄分を吸収する重要な器官です。そのため、胃や腸の手術を受けた後や、炎症性腸疾患(クローン病や潰瘍性大腸炎など)のような病気が原因で、鉄の吸収がうまくいかなくなることがあります。セリアック病も鉄吸収障害の原因となることがあります。セリアック病は、グルテンに対する免疫反応によって小腸が損傷し、栄養吸収が阻害される自己免疫疾患です。
- 鉄の喪失: 過多月経や消化管出血などによって、体から鉄が失われると、鉄欠乏性貧血になることがあります。特に、消化管出血は自覚症状がない場合もあり、貧血が進行してから初めて気づくこともあります。健康診断などで便潜血検査を受けることは、早期発見のために非常に重要です。必要と判断された場合は、胃カメラや大腸カメラを用いた内視鏡検査で出血の原因を探します。鉄欠乏性貧血患者の消化器系の評価の重要性については、医学雑誌のJAMAにも掲載されています。鉄欠乏性貧血の原因を特定するために、上部消化管内視鏡検査や大腸内視鏡検査などの検査方法が有効であることが示唆されており、内視鏡検査で発見される可能性のある病変(例:潰瘍、腫瘍、炎症など)と、それらの鉄欠乏性貧血との関連性について考察されています。
鉄欠乏性貧血の代表的な症状
鉄欠乏性貧血になると、全身に酸素が不足するため、様々な症状が現れます。これらの症状は、酸素不足によって体内の臓器や組織が正常に機能しなくなることによって引き起こされます。
- 疲労感・倦怠感: 慢性的に疲れていたり、身体のだるさを感じることが多くなります。これは、筋肉や臓器への酸素供給が不足することで、エネルギー産生が低下するためです。
- 動悸・息切れ: 階段を上ったり、少し運動しただけで、心臓がドキドキしたり、息苦しくなることがあります。これは、酸素不足を補うために心臓がより多くの血液を送り出そうと、拍動数を増加させるためです。
- めまい・立ちくらみ: 急に立ち上がると、目の前が暗くなったり、ふらつくことがあります。これは、脳への血流が一時的に不足するためです。
- 顔面蒼白: 顔色が青白くなります。これは、皮膚への血流が減少するためです。
- 爪の変形(匙状爪): 爪がスプーンのように反り返ることがあります。これは、慢性の酸素不足によって爪の組織が変化するためと考えられています。
- 異食症: 氷や土など、普通は食べないものを食べたくなることがあります。これは、鉄欠乏によって味覚異常が生じるためと考えられています。
これらの症状は他の病気でもみられることがあるため、自己判断せずに、医療機関を受診することが大切です。
他の貧血との違いを知る
貧血には、鉄欠乏性貧血以外にも、様々な種類があります。貧血の種類によって、原因や治療法が異なります。それぞれの貧血の特徴を理解することで、適切な検査や治療を受けることができます。
貧血の種類 | 原因 | 特徴 |
---|---|---|
鉄欠乏性貧血 | 鉄の不足 | 赤血球が小さく、色が薄い |
巨赤芽球性貧血 | ビタミンB12や葉酸の不足 | 赤血球が大きく、数が少ない |
再生不良性貧血 | 骨髄の機能低下 | 全ての血液細胞(赤血球、白血球、血小板)が減少する |
溶血性貧血 | 赤血球の破壊亢進 | 赤血球が壊れやすい |
鉄欠乏性貧血は、これらの貧血の中で最も頻度の高いものです。貧血の症状がある場合は、血液検査を行い、どの種類の貧血なのかを診断することが重要です。鉄欠乏性貧血の原因を特定するためには、問診、血液検査、便潜血検査などを行い、必要に応じて内視鏡検査が必要となる場合もあります。
内視鏡検査による鉄欠乏性貧血の診断
鉄欠乏性貧血と診断された場合、その原因を突き止めることが非常に重要です。鉄分が不足する原因は様々ですが、中でも注意が必要なのが消化管からの出血です。少量の出血の場合、自覚症状が乏しく、放置すると貧血が悪化したり、原因疾患の発見が遅れたりする可能性があります。そこで、隠れた出血源を特定するために、内視鏡検査が重要な役割を果たします。
内視鏡検査の必要性とその流れ
鉄欠乏性貧血の診断は、まず血液検査から始まります。血液中のヘモグロビン濃度や赤血球数、貯蔵鉄などを測定し、鉄欠乏の状態を確認します。もし鉄欠乏性貧血と診断された場合、その原因を特定するために、鉄分の摂取状況や月経の状態、消化管に関する症状などを詳しく問診します。さらに、便潜血検査を行い、便に血液が混じっていないかを確認することもあります。便潜血検査が陽性の場合、消化管からの出血が疑われますが陰性であっても完全に否定できるわけではありません。
鉄欠乏性貧血の患者さんにとって、消化管出血の有無を確認することは非常に重要です。鉄欠乏性貧血の患者さんでは、消化管の精密検査を行うことで、潰瘍や腫瘍などの病変が発見されることがあります。これらの病変が貧血の原因となっている場合、適切な治療を行うことで貧血の改善が期待できます。
消化管出血が疑われる場合、内視鏡検査が推奨されます。内視鏡検査には、主に胃カメラと大腸カメラの2種類があります。胃カメラは口もしくは鼻から、大腸カメラはお尻から細い管を挿入し、消化管の内部を直接観察することで、出血源の特定や病変の発見を行います。
当院では、患者さんの負担を軽減するために、鎮静剤の使用や経鼻内視鏡にも対応していますので、検査に対する不安や心配があれば、お気軽にご相談ください。
内視鏡検査の流れは以下のとおりです。
- 事前の説明: 検査の方法、注意点、起こりうるリスクなどについて、医師や看護師から詳しく説明を受けます。疑問や不安な点があれば、遠慮なく質問してください。
- 検査の準備: 検査着に着替え、必要に応じて点滴や鎮静剤の投与を行います。大腸カメラの場合は、腸内をきれいにするための前処置が必要です。
- 内視鏡挿入: 検査台に横になり、医師が内視鏡を挿入します。
- 検査終了: 内視鏡が抜去され、検査終了です。鎮静剤を使用した場合は、回復室でしばらく安静をとり、体調が安定してから帰宅となります。
- 結果説明: 検査後に、検査結果について医師から詳しく説明を受けます。画像を見ながら、発見された病変やその治療方針について説明を受けます。
内視鏡検査が発見する可能性のある疾患
内視鏡検査では、鉄欠乏性貧血の原因となる様々な疾患を発見することができます。具体的には、以下のような疾患が挙げられます。
- 胃潰瘍・十二指腸潰瘍: 胃酸などによって胃や十二指腸の粘膜が傷つき、出血することがあります。
- 胃がん: 胃にできる悪性腫瘍で、進行すると出血を伴うことがあります。
- 大腸ポリープ: 大腸の粘膜にできる突起物で、出血することがあります。良性のものと悪性のものがあり、一部のポリープは大腸がんに進行する可能性があります。
- 大腸がん: 大腸にできる悪性腫瘍で、出血を伴うことがあります。
- 炎症性腸疾患: クローン病や潰瘍性大腸炎などの炎症性腸疾患でも、炎症による出血や、栄養吸収の低下による鉄欠乏が起こり得ます。
これらの疾患は、少量の出血を繰り返すことで、気づかないうちに鉄欠乏性貧血を引き起こしている可能性があります。早期発見・早期治療のためにも、内視鏡検査は重要な役割を果たします。
内視鏡検査以外の診断方法
内視鏡検査以外にも、鉄欠乏性貧血の診断に役立つ検査があります。まず、血液検査では、ヘモグロビン濃度、赤血球数、血清鉄、フェリチン、総鉄結合能などを測定します。これらの数値から、鉄欠乏の状態を詳しく評価することができます。
便潜血検査は、便に肉眼では見えない少量の血液が混じっていないかを調べる検査です。消化管からの出血の有無を簡単に調べることができます。ただし、便潜血検査は偽陽性や偽陰性となる場合もあるため、結果だけで判断せず、他の検査結果と合わせて総合的に判断する必要があります。
必要に応じて、腹部超音波検査やCT検査なども行うことがあります。これらの検査を組み合わせて、鉄欠乏性貧血の原因を特定し、適切な治療につなげることが重要です。
鉄欠乏性貧血の治療法
鉄欠乏性貧血と診断されたら、不安な気持ちになる方もいらっしゃると思います。めまい、疲れやすさ、動悸、息切れ…日常生活に支障をきたす症状に悩まされている方もいるかもしれません。
ここでは、私の視点も交えながら、鉄欠乏性貧血の治療法と、日常生活でできるケアについて、わかりやすくご説明します。
鉄剤治療の効果と副作用
鉄欠乏性貧血の治療で最も重要なのは、不足している鉄を補うことです。
鉄剤には、錠剤、カプセル、シロップ、静脈注射など様々な種類があります。錠剤やカプセルは、簡便に服用できるため、多くの患者さんに使用されています。小さなお子さんや、錠剤が苦手な方にはシロップ剤が適している場合もあります。貧血の症状が重い場合や、鉄剤の内服が難しい場合には、静脈注射で鉄剤を投与することもあります。
どの鉄剤が最適かは、患者さんの症状やライフスタイルによって異なりますので、医師と相談の上、決定します。
鉄剤を服用すると、数週間から数ヶ月で血液中のヘモグロビン値が上昇し始め、貧血の症状が徐々に改善していきます。効果の実感には個人差がありますが、焦らず医師の指示に従ってきちんと服用を続けることが大切です。
鉄剤には、吐き気、便秘、下痢といった副作用が現れることがあります。これらの副作用は、多くの場合、一時的なもので、時間の経過とともに軽減していきます。
しかし、副作用が強い場合は、我慢せずに医師に相談しましょう。食後に服用する、便を柔らかくする薬を併用するなど、工夫することで副作用を軽減できることがあります。
また、鉄欠乏性貧血の原因が消化管出血などの場合、鉄剤の服用だけでは根本的な治療にはなりません。鉄欠乏性貧血の患者さんでは、消化管の精密検査を行うことで、潰瘍や腫瘍などの病変が発見されることがあります。
わだ内科・胃と腸クリニックでは、患者さんの負担を軽減するために、鎮静剤の使用や経鼻内視鏡にも対応していますので、検査に対する不安や心配があれば、お気軽にご相談ください。
鉄欠乏性貧血の治療期間
鉄欠乏性貧血の治療期間は、貧血の程度や原因、治療への反応などによって個人差があります。一般的には、ヘモグロビン値が正常化するまでには数ヶ月かかることが多いです。
症状が改善した後も、体内の鉄貯蔵量を回復させるためには、さらに数ヶ月間、鉄剤を服用し続ける必要がある場合もあります。
治療によってヘモグロビン値が正常化すれば、めまい、息切れ、動悸といった症状は改善し、日常生活も快適に送れるようになるでしょう。
しかし、鉄欠乏性貧血が改善しても、安心するのはまだ早いかもしれません。なぜなら、鉄欠乏性貧血は、他の病気のサインである可能性があるからです。例えば、胃や腸からの出血が原因で鉄欠乏性貧血になっている場合は、その病気を治療しなければ貧血は再発する可能性が高いです。
日常生活でできる再発防止策
鉄欠乏性貧血の再発を予防するためには、日常生活における適切なケアが重要です。中でも、バランスの取れた食事は、鉄分を効率的に摂取するために不可欠です。
鉄分を多く含む食品には、赤身の肉(牛肉、豚肉、羊肉など)、レバー、魚介類(カツオ、マグロ、イワシなど)、緑黄色野菜(ほうれん草、小松菜など)、海藻類(ひじき、わかめなど)、豆類などがあります。これらの食品を積極的に食事に取り入れることで、鉄分の不足を防ぐことができます。
また、鉄分の吸収を促進するためには、ビタミンCを一緒に摂取することが効果的です。ビタミンCは、鉄分を吸収しやすい形に変える働きがあるため、鉄分を多く含む食品と一緒に摂取することで、より効率的に鉄分を吸収することができます。
反対に、コーヒー、紅茶、緑茶などに含まれるタンニンは、鉄分の吸収を阻害する作用があります。そのため、これらの飲み物は、食後すぐではなく、時間を置いてから飲むように心がけましょう。
過度なダイエットや偏った食生活は、鉄欠乏性貧血のリスクを高めます。必要な栄養素をバランスよく摂取するために、規則正しい生活習慣を維持し、多様な食品を摂取するよう心がけましょう。
まとめ
鉄欠乏性貧血は、鉄不足によって起こる貧血で、めまい、倦怠感などの症状が現れます。原因は鉄の摂取不足、吸収不良、喪失の3つが考えられ、内視鏡検査で消化管出血などの有無を確認することが重要です。治療は鉄剤の服用が中心ですが、原因疾患の治療も必要です。 日常生活では、鉄分を多く含む食品をバランスよく摂取し、ビタミンCと一緒に摂ることで吸収率を高めましょう。 コーヒーや紅茶は鉄分の吸収を阻害するので、摂取タイミングに注意が必要です。 貧血の症状が続く場合は、医療機関を受診し、適切な診断と治療を受けてください。早期発見・早期治療が、健康な生活を取り戻す近道です。
参考文献
- Abou Baker NM, Davis AM. Gastrointestinal Evaluation of Iron Deficiency Anemia. JAMA 326, no. 16 (2021): 1624-1625.