過敏性腸症候群

過敏性腸症候群とは

通常の検査では腸に異常が認められないにも関わらず、慢性的に腹痛や腹部の膨満感、便秘や下痢などの便通異常を生じる疾患のことを言います。

Irritable Bowel Syndromeの頭文字をとって、IBSと略されることがあります。

はっきりとした病気の原因は分かっていませんが、ストレスを感じた際に腸の蠕動(ぜんどう)運動(腸が便などの内容物を先へ押し出していく運動)が活発化し、痛みを感じやすい知覚過敏状態となり、この状態が強いことが 特徴とされています。

有病率は一般人口のおよそ15%程度と推定されており、男女比は1:2であり、若年成人(15-39歳の世代)に多く加齢とともに低下するとされています。また日勤夜勤のローテーションで働いている方の発症頻度が高いとする報告もあります。

危険因子としては、不安神経症やうつ状態、他の基礎疾患、ライフイベントの変化、ストレス、睡眠障害などが挙がりますが、感染性腸炎後の発症も注目されています。

感染性腸炎後に発症するpost-infectious IBS:PI-IBS

• 感染性腸炎の10%に発症し、リスク因子としては女性、若年、心理的問題、胃腸炎の程度が強いことが関与する

• 感染症によって惹起された免疫異常が持続的な腸管の炎症を誘発して発症すると考えられている

過敏性腸症候群の診断

上記の過敏性腸症候群の診断アルゴリズムに沿って診断を行なっていきます。

警告徴候

  • 発熱、関節痛、血便
  • 6ヶ月以内の予期せぬ3kg以上の体重減少
  • 異常な身体所見(腹部腫瘤の触知、腹部の波動、直腸診による腫瘤の触知、血液の付着など)

危険因子

  • 50歳以上での発症または患者
  • 大腸器質的疾患(大腸癌など)の既往歴または家族歴

中でもRomeⅣ基準が有用です。

腹痛が最近3ヶ月のなかの1週間につき少なくとも1日以上を占め、下記の2項目以上の特徴を示す

(1)排便に関連する

(2)排便頻度の変化に関連する

(3)便形状(外観)の変化に関連する

※診断の6ヶ月以上前に症状が出現しており、最近3ヶ月間は基準を満たす必要があります。

過敏性腸症候群の分類

Bristol便形状スケールに基づいた便形状の頻度により以下の4つのタイプに分類されます。

便秘型(IBS-C)

下痢型(IBS-D)

混合型(IBS-M)

分類不能型(IBS-U)

過敏性腸症候群の合併症

過敏性腸症候群の合併症には胃や腸などに生じる①消化管合併症と、それ以外の臓器に生じる②消化管外合併症に分けられます。

①消化管合併症:機能性ディスペプシア、逆流性食道炎、潰瘍性大腸炎やクローン病などの炎症性腸疾患が知られています。また過敏性腸症候群の約40%に機能性ディスペプシア、逆流性食道炎が合併するとされています。その他炎症性腸疾患の約40%に過敏性腸症候群が合併しますが、過敏性腸症候群から炎症性腸疾患へ移行する相対 リスクは16.3倍と高いとの報告かもあります。

②消化管外合併症:線維筋痛症、慢性疲労症候群、慢性骨盤痛、顎関節痛、間質性膀胱炎、月経前症候群、気管支喘息、認知症、パーキ ンソン病、精神疾患など多岐にわたるとされています。なお過敏性腸症候群の半数以上が1つ以上の精神疾患の診断基準を満たすとの報告もあります。また過敏性腸症候群に併存する合併症が生命予後やQOL(生活の質)の低下に関係することがあるため、病態を慎重に見極める必要があります。

過敏性腸症候群の治療

過敏性腸症候群の治療は3段階に分けられます。

第1段階

まずは食事指導・生活習慣の改善を促すことから治療を開始します。
続いて、消化管運動機能調整薬、プロバイオティクス、高分子重合体の投与を行い、改善が乏しければ粘膜上皮機能変容薬,、5-HT3受容体拮抗薬を投与します、

消化管運動機能調整薬:トリメブチンマレイン酸塩(セレキノン®)

プロバイオティクス:整腸剤

高分子重合体:ポリカルボフィルカルシウム(ポリフル®)

便秘型:

粘膜上皮機能変容薬 ルビプロストン(アミティーザ®),リナクロチド(リンゼス®)

下痢型:5-HT3受容体拮抗薬 ラモセトロン(イリボー®)

上記で改善がなければ、症状に基づいて薬物を追加投与します。

まや下痢には止痢薬(いわゆる下痢止め)、腹痛には抗コリン薬,、便秘には5-HT4刺激薬/下剤 、その他漢方薬や抗アレルギー薬を投与することもあります。

第2段階

ストレスや心理的異常があれば、うつが優勢か不安が優勢かを判断し、うつには抗うつ薬、不安には抗うつ薬または非ベンゾジアゼピン系抗不安薬の5-HT1A刺激薬を処方します。

*三環系抗うつ薬は症状の改善効果はありますが、多くの副作用があるため、比較的安全性の高い選択的セロトニ ン再取り込み阻害薬(SSRI)を用いることが多いです。

*またベンゾジアゼピン系を投与せざるを得ない場合には4-6週間を目安にできる限り短期間にとどめます。

第3段階

薬物療法が無効/抵抗性と判断し、心理療法を行います。なお心理療法には弛緩法、催眠療法、認知行動療法があり、治療の第1段階、第2段階で用いていない薬物との併用療法を行います。また必要に応じて心療内科もしくは精神科に紹介します。

その他治療としては、非吸収性抗菌薬であるリファキシミン(リフキシマ®)の有用性が報告されています。これは本薬剤が、過敏性腸症候群の病態の一つである小腸での細菌増殖(SIBO:Small Intestinal Bacterial Overgrowth)の抑制や生体に悪影響を及ぼす菌の増殖抑制を行い、腸内細菌叢の適正化 に繋がるためとされています。

また便移植も有効な治療手段と考えられていますが、現時点では研究段階です。

過敏性腸症候群のQ&A

過敏性腸症候群の診断に大腸内視鏡検査は必要でしょうか?

大腸癌や潰瘍性大腸炎やクローン病などの器質的疾患との鑑別において、大腸内視鏡検査は有用とされています。また病理検査を行うことによって、治療抵抗性(治療が効きにくい)の鑑別診断や除外診断としても有効です。特に発熱、関節痛、体重減少などの警告徴候を有する患者さんにおいては除外診断のために必要となりますし、警告徴候のない患者さんにおいても大腸内視鏡による器質的疾患の発見率は30.3%に及んだとの報告もありますので、基本的には必要と考えます。

過敏性腸症候群の診断にに大腸内視鏡以外の検査は有用でしょうか?

大腸内視鏡検査などの画像診断に加えて、尿検査、糞便検査などの検体検査を行う必要があります。また糖尿病性神経障害や甲状腺疾患、大腸癌や悪性リンパ腫の鑑別のために、甲状腺機能や血糖値、貧血の値を含めた血液検査が必要です。

食事について気を付けることがありますか?

規則的な食事摂取、非カフェイン類の十分な水分の摂取が大切です。なお脂質、カフェイン類、香辛料を多く含む食品は症状をきたしやすいことが知られていますので、これらの食品は控えることが必要です。また乳糖不耐症の患者さんにおいては、ミルクや乳製品の摂取により下痢 が誘発されることがありますので注意が必要です。

当院ではクリニックには珍しく、管理栄養士が常勤として勤務しており、「栄養相談」という形で食事療法のアドバイスを行うことが可能です。予約制ではありますが、1回30分程度で行うことが出来ますので診察の待ち時間などを利用することが出来ますので、医師やスタッフにお気軽にご相談下さい。

栄養相談について詳しく見る

食事以外の生活習慣の改善・変更は効果がありますか?

適度な運動は腹部の症状だけでなく、消化管外症状の改善を認めるとの報告があります。運動の内容としては、ヨガ、ウォーキング、エアロビクスなどの運動が推奨されます。また睡眠障害や多量の飲酒は症状の発現・増悪に関係するとされています。

過敏性腸症候群の治療に漢方薬は効果がありますか?

桂枝加芍薬湯:けいしかしゃくやくとう(下痢型>混合型)、半夏瀉心湯:はんげしゃしんとう(下痢型)、大建中湯:だいけんちゅうとう(便秘型)は効果があるとされていますが、症状を考慮した上で適切な漢方薬を選択する必要があります。

過敏性腸症候群とアレルギーは関係がありますか?

過敏性腸症候群の原因のひとつとして古くより食物アレルギーとの関係が言われています。そのためアレルギー除去食と抗アレルギー薬の内服でそれぞれ症状を改善したとの報告もあります。

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