食道アカラシア

アカラシアの概念と病態生理の理解

食べ物がうまく飲み込めない、食後に胸やけがする、といった症状でお困りではありませんか?もしかしたら、それは「アカラシア」という病気かもしれません。食道がうまく動かず、食べ物が胃にスムーズに送られない病気であるアカラシアについて、この記事では原因や症状、そして治療法について解説します。

アカラシアの定義と原因

アカラシアは、ギリシャ語で「弛緩しない」という意味です。食道と胃のつなぎ目の部分である「噴門」は、普段はしっかりと閉じられています。食べ物が送られてくると、噴門が開いて食べ物を胃に通し、その後すぐに閉じます。これは、胃の内容物が逆流するのを防ぐための重要な仕組みです。

しかし、アカラシアの患者さんの噴門は、食べ物がきてもうまく開きません。さらに、食道そのものも、食べ物を胃に送るための収縮運動である蠕動運動が弱くなっています。この2つの問題、つまり噴門が開かない、食道がうまく収縮しないということが原因で、食べ物が胃に送られにくくなり、さまざまな症状を引き起こします。

原因ははっきりとはわかっていませんが、食道の神経の異常や、免疫系の異常などが関係していると考えられています。遺伝によるものは少なく、ほとんどの場合は後天的に発症します。

最新のシカゴ分類バージョン4.0では、高解像度マノメトリー(HRM)を用いた診断基準が提唱されており、従来よりも正確な診断が可能になっています。高解像度マノメトリー検査とは、食道の圧力を測定する検査で、食道の運動機能を詳細に評価することができます。この検査により、アカラシアの診断だけでなく、他の食道運動障害との鑑別も可能になります。

病態生理:食道の運動異常とは

健康な食道は、食べ物を胃に送るために、規則正しく収縮と弛緩を繰り返しています。しかし、アカラシアになると、この蠕動運動がうまくできなくなります。

具体的には、食道のぜん動運動が弱くなって、食べ物を押し出す力が弱くなります。さらに、食道と胃のつなぎ目の噴門がうまく開かないため、食べ物が胃に流れにくくなります。このため、食べ物が食道に溜まってしまい、胸焼けや吐き気などの症状が現れます。

高解像度マノメトリー検査では、食道のどの部分がどのように動いているのかを詳しく調べることができます。例えば、食道の収縮力がどの程度低下しているのか、噴門の弛緩が不十分なのかといったことがわかります。この検査によって、アカラシアの診断をより確実に行うことができ、適切な治療方針を決定することができます。

生活への影響:食事と体重管理

アカラシアになると、食べ物がうまく飲み込めなくなるため、食事に時間がかかったり、食事量が減ったりすることがあります。その結果、体重が減少してしまう人もいます。

症状具体的な影響
嚥下困難食事がしづらい、時間がかかる、固形物が飲み込みにくい、水やお茶で流し込む必要がある
胸焼け食後に胸が焼けるように痛む、特に夜間や横になったときに症状が悪化する
吐き気食後に吐き気がする、食べたものが逆流してくる
体重減少十分な栄養が摂れず、痩せてしまう、体力が低下する

食事療法としては、よく噛んで、少量ずつゆっくりと食べるように心がけることが大切です。また、水分を十分に摂ることも、食べ物をスムーズに飲み込むために効果的です。栄養状態が悪化している場合は、栄養剤などで栄養を補う必要もあるかもしれません。

具体的には、食事は一口30回以上噛むことを意識し、柔らかく調理したものを摂取するようにしましょう。また、就寝前の食事は避け、食後はすぐに横にならないように注意してください。さらに、定期的に体重を測定し、急激な体重減少がないかを確認することも重要です。

アカラシアは進行性の疾患であり、放置すると症状が悪化し、生活の質が著しく低下する可能性があります。早期発見・早期治療が重要ですので、上記のような症状がある場合は、早めに医療機関を受診しましょう。

アカラシアの症状と診断方法

食道がうまく動かず、食べ物が胃にスムーズに送られない病気であるアカラシアについて、この章では症状と診断方法を具体例を交えて詳しく解説します。

嚥下困難と胸焼けの詳細

アカラシアの代表的な症状は「嚥下困難(えんげこんなん)」と「胸焼け」です。

「嚥下困難」とは、食べ物が飲み込みにくい状態のことです。最初は固形物だけが飲み込みにくく、徐々に液体も飲み込みにくくなっていく場合が多いです。まるで食道が詰まっているかのように感じ、食事のたびに苦しい思いをすることもあります。

例えば、おにぎりやパンのような固形物を飲み込むのが難しくなったり、お茶やジュースなどの液体もスムーズに飲み込めなくなったりします。ひどい場合は、自分の唾液さえ飲み込みにくくなることもあります。

「胸焼け」は、胸のあたりが焼けるように感じる症状です。食べたものが食道に逆流してくることで起こることが多いです。胃酸が逆流すると、強い酸によって食道が炎症を起こし、焼けるような痛みを感じます。

胸焼けは、食後や寝る前に起こりやすく、げっぷや吐き気などを伴うこともあります。まるで胸の中に熱いものがこみ上げてくるような感覚で、非常に不快な思いをします。実際に患者さんからは「焼けるような痛みで夜も眠れない」という訴えを聞くこともあります。

これらの症状は、他の食道疾患でも見られるため、アカラシアと自己判断することは危険です。必ず医療機関を受診し、適切な検査を受けるようにしましょう。

診断に用いる検査法の概要

アカラシアの診断には、主に以下の検査が行われます。

  • バリウム食道造影検査:バリウムという白い液体を飲んでレントゲン撮影を行い、食道の形や動きを観察します。アカラシアの場合は、食道の下の方が狭くなっており、まるで鳥のくちばしのように見えるのが特徴です。これは、食道と胃のつなぎ目の筋肉が弛緩しないために起こります。
  • 内視鏡検査:細いカメラを食道に挿入し、食道の内部を観察します。食道の粘膜の状態や炎症の有無などを確認できます。また、他の疾患、例えば食道がんとの鑑別にも役立ちます。
  • 食道内圧検査(HRM):食道の圧力を測定する検査です。細いチューブを鼻から食道に挿入し、食道の各部位の圧力を測定することで、食道の運動機能を評価します。この検査は、アカラシアの診断に非常に重要です。最新のシカゴ分類バージョン4.0では、この高解像度マノメトリー(HRM)を用いた診断基準が提唱されており、従来よりも正確な診断が可能になっています。食道蠕動や食道胃接合部における閉塞障害のパターンを詳細に分析することで、アカラシアの確定診断と非確定診断を分類することが可能になります。

これらの検査を組み合わせて行うことで、アカラシアの確定診断を下します。それぞれの検査にはメリット・デメリットがあるため、医師とよく相談して適切な検査を受けるようにしましょう。
*わだ内科・胃と腸クリニックでは基本的に内視鏡検査のみ可能です。食道アカラシアが疑われた場合には、大分大学医学部附属病院など連携医療機関にご紹介させていただきます。

鑑別診断:他の食道疾患との違い

アカラシアは、他の食道疾患と症状が似ているため、鑑別診断が重要です。特に、食道がんやびまん性食道痙攣(DES)などとの区別が重要です。

これらの疾患は、嚥下困難や胸焼けといった共通の症状を示すため、検査によってアカラシアとの違いを見極める必要があります。例えば、食道がんの場合は、内視鏡検査で腫瘍を確認することで診断が確定します。また、びまん性食道痙攣(DES)は、食道内圧検査により食道の協調運動の異常を確認することで診断されます。

アカラシアの診断においては、シカゴ分類バージョン4.0が重要な役割を果たします。これは、高解像度マノメトリー(HRM)を用いた診断基準であり、食道蠕動や食道胃接合部(EGJ)の閉塞障害のパターンを詳細に分析することで、アカラシアの確定診断と非確定診断を分類します。これにより、アカラシアと他の食道運動障害をより正確に区別することが可能になります。

アカラシアの治療方法

アカラシアは、食道がうまく動かなくなり、食べ物が胃にスムーズに送られない病気です。そのため、食事が大変になったり、体重が減ってしまったりと、日常生活にも影響が出ます。しかし、適切な治療を受ければ症状を改善し、快適な食生活を取り戻すことが可能です。この章では、アカラシアの治療法の種類、メリット・デメリットなどについて、解説します。

薬物療法と内視鏡的治療のメリット・デメリット

アカラシアの治療法は大きく分けて、「薬物療法」「内視鏡的治療」「手術療法」の3種類があります。それぞれの治療法にはメリットとデメリットがあり、患者さんの状態や希望に合わせて最適な治療法を選択することが重要です。

まず、薬物療法について説明します。薬物療法では、食道の筋肉を弛緩させる薬を服用することで、食べ物が胃に流れやすくします。この治療法は体に負担が少ないというメリットがありますが、効果は一時的であるため、根本的な治療にはなりません。例えば、薬を服用することで一時的に食べ物が飲み込みやすくなりますが、薬の効果が切れると再び症状が現れる可能性があります。

次に、内視鏡的治療について説明します。内視鏡的治療には、「バルーン拡張術」と「POEM(経口内視鏡的筋層切開術)」の2種類があります。バルーン拡張術は、風船のついた内視鏡を食道に挿入し、食道と胃の境目にある噴門の筋肉を膨らませて広げる方法です。この治療法は効果が高いというメリットがありますが、まれに食道が破れてしまう「食道穿孔」という合併症のリスクがあります。バルーン拡張術は、食道が狭窄している部分を広げることで、食べ物が胃に流れやすくする効果的な治療法ですが、食道穿孔は、緊急の外科手術が必要となる重篤な合併症です。

もう一つの内視鏡的治療であるPOEM(経口内視鏡的筋層切開術)は、2016年4月に保険適応となった治療方法です。内視鏡を用いて、食道の粘膜下層を切開して治療し、バルーン拡張術や外科手術と同等以上の効果が期待できるとされています。

それぞれの治療法のメリット・デメリット、そして適用をまとめた表を以下に示します。

治療法メリットデメリット適用
薬物療法体への負担が少ない効果が一時的軽症の場合、他の治療法が難しい場合
バルーン拡張術効果が高い食道穿孔のリスクがある他の治療法で効果がない場合、手術が難しい場合
POEM(経口内視鏡的筋層切開術)治療の奏効率が高く,治療効果も維持される技術的に高難度の症例がある、行える施設が限らる高齢者、他の治療法が難しい場合

まとめ

アカラシアは、食道がうまく機能せず食べ物が胃に流れにくい病気ですが、適切な治療によって症状を改善し、快適な食生活を取り戻せます。

主な症状は嚥下困難と胸焼けで、固形物だけでなく液体も飲み込みにくくなったり、胸が焼けるような痛みを感じたりします。診断にはバリウム食道造影検査、内視鏡検査、食道内圧検査(HRM)などが用いられ、特にHRMは最新のシカゴ分類バージョン4.0に基づいた正確な診断に役立ちます。

治療法は薬物療法、内視鏡的治療(バルーン拡張術やPOEM(経口内視鏡的筋層切開術))、手術療法があり、それぞれにメリット・デメリットがあります。薬物療法は一時的な効果しかなく、内視鏡的治療は効果が高いものの合併症のリスクも存在します。手術療法は効果が高いですが、侵襲的であるため、患者さんの状態に合わせて最適な治療法が選択されます。

食べ物がうまく飲み込めなかったり、胸焼けが続く場合は、アカラシアの可能性があります。 上記の症状に心当たりがある方は、早めに医療機関を受診し、専門医に相談することをお勧めします。早期診断と適切な治療により、より良い生活の質を取り戻せる可能性があります。

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